新制作展へ


 
昨日は国立新美術館へ。
 
彫刻家・雨宮透さんからご案内を戴き
「新制作展」を観に足を運ぶのが
ここ数年恒例となっています。
 
会場に並ぶあまたある作品を観ていくと
「彫刻」と一口にいってもその素材、手法は
さまざま。
 
ブロンズ、石膏、テラコッタ、木、漆・・。
 
平面の絵画と違い、三次元空間に物体として
目の前に存在する彫刻は、具象、抽象かかわらず
時にはこちらの心をえぐるほどの強烈な存在感を
もって迫ってきます。
 
毎年、見続けていくと、去年の作風から
明らかに変化している作家や、
フィギュア的人体像なども
加わり、時代の変化を体感できて面白い。
 
特に今年は第80回という区切りの年でもあり
いつにもまして力作が揃っていました。
 
初日ということでギャラリートークが開催され
作家の生の声を聴くことができるのも
とてもありがたいこと。
 
その中で印象に残った人がいました。
 
マイクを向けられた彼は、
しばし間を置いた後で、
やっと二言、三言。
 
絞り出すようにして発された言葉には
体裁を巧みに繕うことを知らない
無垢の魂が宿っているようで
私にはとても尊く見えました。
 
おそらくここに出品している作家誰もが
対峙しなければならないクリエイティブと
生活の両立。
 
そこには血の滲むような毎日が
折り重なっているはずで、
彼も週5日運送会社で働いているという。
 
でも、そんな「苦」をこちらに微塵も感じさせる
ことなく、その人は清々しく、
作品は美しい気に満ちていました。
 
他にも、搬入と同時に力尽きて倒れてしまったという
若者。
 
何十年も新制作に応募し続けやっと入選した
という気が遠くなるような時間を積み重ねてきた人。
 
美術館で学芸員をやりながら、巨大なテラコッタを
焼き続けているという人。
 
誰も知らない秘密基地のようなアトリエで
ひたすら女体を彫り続けているという人の作品は
その彫りの一筋一筋に、得体の知れない執念を感じます。
 
彼らを突き動かす情熱、原点とは一体なんだろう。
 
そんなことも、彼らの言葉を聞いていると、
それは大仰な使命感だとか概念ということではなく
 
子供の頃、いつも通っていた田んぼの畦道に
映った自分の影や
 
夜の闇がいつもの風景を妖しさに変えた瞬間の
心のざわめきだとか
 
イタリアの大理石を掘るために
移住してしまうくらい、石が好きだからだとか
大好きなダンスの、一瞬の動きを刻みとめてみたかった
とか・・・
 
生を受けてから、連続して、そうこの一瞬一瞬にも
自分自身に刻み込まれていく「痕跡」を、アウトプットしたい。
 
それを発露する一つの方法が彫刻で、ごくごく
自然な行為なのだろうと思ったのでありました。

そして、いよいよ。
 
雨宮さんの作品にたどりついた時
何かとてつもなく懐かしい場所に帰ってきたような気が
しました。
 
色々な作品を見て目も頭もいっぱいいっぱいに
なっているところで、一気にすーっと腑に落ちる感じ。。
 
いつも私が雨宮さんの彫刻と一緒に
暮らしているからということもあるだろうけれど
いつでもどこでも何か揺るぎないものを
私に手渡してくれる。
 
私はそんな安堵感に包まれながら、大きくため息をつくと
美術館を後にしました。
 
外に出ると、すっかり日は暮れてしまい
群青色の空は、街のネオンのまばたきに
霞んでいます。
 
今日は月が見れるのかな。
 
涼しい風に身をまかせながら帰途についたのでした。

雨宮透さんの作品展の様子はこちらからどうぞ 





 
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