小さな奇跡




1週間ぶりに帰った我が家の玄関のドアを開けた瞬間、
ふわりと、ふくよかな香りに包まれました。

まるでそれは、炉の中でおこされた炭火がはじけながら、
茶室の静寂を温もりに変えていくように、
冷え切った私の身体に染み込んでいくものでした。

お香です。

家を空けている間、お香を焚く人は誰もいないはずなのに
馥郁たる香りが玄関から土間、奥に続く和室まで
漂っています。

ああ、そうだった。

お香に火をともしたものの、
途中で消えてしまったのをそのままに
していたのだった。

お客様をお迎えする時は、お香を焚くのが習慣に
なっていましたから、先週末にギャラリーで
開いた京都の会の時も、格別自分が気に入っている
お香を数本焚いたのでした。

香炉はいつも使っている鉄の入れもの。

灰皿として売られていたものです。

煙草とは全く縁の無い私ですが
その姿に一度惚れこむと本来の使用目的など
意に介さず。

この重い鉄の塊をはるばる盛岡から抱えて
帰ってきたという思い出の品でした。

お香は、奈良に住んでいた頃に
ならまちを散策していた折に出会ったものです。

ある店の前を通り掛った時、狭い路地に
どことなく漂っていた香りに誘われるがまま、
中に入るとこのお香からとうとうと煙が立ち上っていました。

奈良では、色々な寺院を訪ねる度、お香を買い求め、
種類も沢山ストックしましたが、ならまちで出会った
この香りが一番私の好みにあっています。

渦巻き状のその香は先端だけが灰になった他は
大部分、元の姿を残して敷きつめた灰の中に
半ば埋もれかけていました。

それだのに。

こんなに香るとは・・・。

家の主がいなかった間も、この香りは、ずっとこうして
バロックの重層的な旋律を支える通奏低音のように、
低く、柔らかくこの家に響き続けていたのです。

朝も昼も夜も。

そして、いつの間にか、我が家の一部となって
いました。

私のギャラリーは、自宅ですから
看板も出ていなければ、外から見ても
すぐにギャラリーとわかる様に作っていません。

初めていらっしゃる方は特に、半信半疑で、
建物の入り口を入り、我が家の玄関を探し当て、
さらに靴も脱がなきゃならないという、お客様に
してみれば、色々な心理的ハードルがあると
思うのです。

そんな緊張感が少しでも和らぎ、ああ来てよかったと
そして、これから始まる未知の時間に
わくわくしてもらえたら。。

そんな思いが「ようこそ」の気持ちと
重なって、お花を活けたり、お香を
焚いたりしています。

でも、とどのつまり・・・・。

お香もお花と一緒。

私が一番恩恵を被っている。。。

あれこれと抱えていた荷物を足下におろした私は、
思わず目を閉じていました。

ちょっと尖っていた気持ちが
少しずつ丸くなっていく。

嗅覚は、人間の五感のうち、本能的な部分に
直接働くと言われていますから、香りが
素の自分に語りかけてくれていたのかもしれません。

様々な雑事を慌ただしくこなして、気がつけば
身体にも心にも余計な沢山の荷物を背負っている。

その果てにやっと辿り着いた先の我が家。

そこで遭遇した、この想定外の香りは、
まるで奇跡。

この小さな奇跡は人の心に、種を撒き
その種は蕾になってやがて、わたしの人生の
花を開いていく。

こんな小さな小さな奇跡の断片が、
いっぱいいっぱいあるといい。

いつの間にか、高いサッシの窓から冬の日差しが
差し込んで、見慣れた犬の置物が暖かい陽だまりの中で
まぶしそうにしています。

玄関を開ける前の、どこか前のめりになっていた
私はどこかに消え失せてしまい、これから始まる週末の時間を
慈しもうとする自分がいました。

暮らしの中には、実は、いっぱいマジックが
潜んでる。

それに遭遇しただけ、幸せの量は増えていくね。

足元で所在なさげに積まれていた荷物を再び
抱え上げ、私は一歩一歩ゆっくりとギャラリーへ
続く階段を下りていきました。

仄かな芳香を身に纏いながら・・。
| gallerykai | くらし | 10:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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