おせち考
わが家の今年のお正月は前代未聞であった。

毎年恒例として、大晦日の夜は、
牛のヒレステーキと決まっている。

ステーキを焼いて食べるなんて一年に
一度あるか無しかのことだから、
レアに焼けたヒレ肉が鎮座しているプレートを
見た瞬間、ああ、今年もあと数時間だという
大晦日モードが一気に高まる。

一年の終わりの晩餐もお皿に残ったソースまで
しっかりお腹におさめると、やおら、蕎麦を
茹ではじめる。

ステーキとお蕎麦という組み合わせが公然と
まかり通るのもこの日だけだ。

そしてさらっと年は明ける。

元旦からは、お決まりのお雑煮・おせち・お菓子の
三拍子の三が日。

他は何も食べないし作らない。

母が幼少の頃からの風習を頑なに守ってきたから
それが私にもなんとなく受け継がれてきた。

ところが、今年の場合。

大晦日は、ヒレステーキが牛のすき焼き風・・・
いや気取ってもしょうがないですね、
つまり牛丼もどきに化け、翌朝の朝食は、
平常と変わらず、私の場合は無し。

元旦のお昼に至ってはシリアルだ。
これでは普段の食事と変わらないじゃないか。

続いてその日の夕の宴は、
買ってきたおせちを並べて何とか形にし、
翌日からは普段通りの食事が始まった。

かろうじてお雑煮だけは作りましたけど。

どうしてこのような事態に至ったかといえば
これまでの習慣に倣う食べ手と作り手がいなかった
ということだ。

母は誤嚥性肺炎の危険があることから
基本的にはやわらか食。
麺類もお餅も、そしておせちも
食べられないものが多い。

そして私はといえば、この暮れの忙しい時期に
手の指を負傷するという大失態。
故に台所仕事がほとんど出来なかった。

母にステーキ肉は酷だし、私は里芋の皮も
剥けなければ、お鍋も掴めない。

故にこのような年越しになってしまった。

しかし、おせちを作らないお正月なんて・・
と思って生きてきたけれど、ちゃ〜んと
新しい年はやってくるのである。

で、周囲を見回してみると

あらら。

元旦はトーストを食べたわよぉ〜。

とか

ウチなんて白米とお味噌汁で済ませちゃったわ

とか。

明るく笑顔でおっしゃる方々は、皆、孫がいる世代。

お正月はおせちでなきゃというこだわりは
若い人ばかりか私の親の世代からも消えつつあるのだ。

お正月ももう日常の延長線でしかなくなっている。

高齢化も進み、自分で作れなくなった人も多いだろうし
核家族化が進んで大家族のために一度に沢山作る必要も
無くなった。

ネットでも簡単に取り寄せられるし、
スーパー、デパートに行けば何でも揃う。

おせちを作ることで新しい年への祈りを
籠めるより、病院の薬やサプリメントで
長寿を願う時代の必然ともいえるかもしれませんね。

で、気が早い話、来年、自分はどうするのだろうと
ふと考えてみた。

たぶん・・・

作ると思います。

それは、家族の記憶に繋がるものだから。

違和感をぬぐえない、人工的な味の
田づくりや煮しめを喉に流し込みながら、
そう何度も思う自分がいた。

母の味を忘れないために。

私の身体、私の存在を作ってくれたのは
母の味だ。

それは、今までも、そしてこれからも
自分の存在の礎えとなってくれるもの。

そこに少しずつ自分の色を重ねづけしていくのが
人生のように思う。

やがて私自身の食のスタイルが出来上がっていくように
自分のライフスタイルも少しずつ構築されていく。

毎日毎日少しずつ。

それが暮らしの妙ともいえるものだろう。

毎年同じものを作り続けていくおせち作りは
自分自身の定点観測だ。

そしておせちで自分史を紡いでいく。

10年ほど前から、私はその年に作ったおせちの品数と
レシピを記録してきた。

そこには、母から口頭で
教わったものをはじめ、友人から聞いたり
レシピ本から記録したり。

目白台のギャラリー時代、定年後に料理を作り始めたという
齢88歳のO氏が、そろそろ師走にさしかかろうと
いう頃、一冊の真新しいファイルを私に渡してくれた。

そのファイルには、20年間彼が作り続けてきた
おせちのレシピが書きこまれいて、
何も書いてない空白のルーズリーフが何枚も入っていた。

「あとはあなたが作っていってください。」

今では鬼籍に入られたO氏の気持ちがたくさん
詰まったファイルだ。

おせちには大切な人たちとの記憶が
ぐるぐると息づいている。

母の味が染み込んでいる。

2016年のページは空白のままだが、
新しいページは書き込まれるのを待っているかの
ようにちょっとまぶしい。

ひと月遅れの黒豆なんてのも
良いかもしれない。

そして、できうることならば、もう一度、
私が作ったおせちを母に食べてもらいたいと
思っている。
 
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