年の初めに




 
今年も一杯の白湯から始まりました。
 
これは毎朝の習慣で、
朝起きたらまず、お湯を沸かします。

 
これが鉄瓶でしたら、さぞかし麗しいのでしょうが
哀しいかな、まだご縁が降って来ず。

 
そのうち、そのうちと、鉄瓶でチンチンと
沸かしている気になりながら、毎度のケトルで
沸かしたお湯を湯呑に注ぐと、それを持って
和室に移動します。

 
簡易的に、亡父の仏壇があるつもり・・(笑)で
しつらえた、自称「磐根ちゃんスペース」
で友人が以前送ってくれた線香を一本点します。

 
沈香のふくよかな香りが、ゆらゆらと
天井へ向けてたちのぼっていく中で、
一口一口。

 
湯気を立てているお湯を口に含むと
身体も少〜しずつ目覚めていきます。

 
「お線香をあげるというのは、
 今、生きている人のためのものだよね」

 
とは、よく友人と言い交わすこと。
 
いつもと同じようなことを思いながら
いつもと同じような朝を迎えて
2017年も明けました。

 
ここ数年のめまぐるしさを思うと
自分の家のこの部屋で、こうして元旦の朝を
過ごしていることに不思議な感情を覚えます。

 
両方の掌で抱えたお湯呑から伝わってくる
一杯の白湯の温もりに、「何事もない」ことの
貴さが膨れ上がります。

 
そして、今年は自分にとって
始まりの年なんだなとつらつらと考える。

 
なぜなら、自分の家で迎える初めての
お正月だったからです。

 
年越しといえば、大概は、暮れから実家に帰り
大掃除だ、お節作りだと慌ただしいこと
この上なく、毎年辟易しながら、大晦日を過ごし、
「紅白」が始まる頃に、ようやく一段落つくと
お菓子やみかんを食べながらのテレビ観戦。

 
そうこうするうち、近くのお寺で突く除夜の
鐘の音が、しんしんと冴えわたる夜のしじまに
微かに響いてくるのに、懸命に耳を澄ませていると
年が明ける。

 
こんな、なんてこともない年越しをもう何十年も
続けてきましたが、それは自分の隣に
父がいて母がいて、彼らが作ってきた
習慣をずっと繰り返し、なぞってきたことに
今年ほど、気づかされたことはありません。

 
実は、いつもいた人が傍にいない寂しさを
痛烈に感じる年越しなのかとちょっと
覚悟をしていたのだけれど、ここ2日間を終えてみると
哀しみとは明らかに違う何かが自分の中で
芽生えたなと感じます。

 
真っ白なノートの一番最初のページ
・・・がめくられたといいましょうか。

 
お節を盛る器一つとっても
違うことが、この上なく、新鮮です。


 
「テレビの音が無い静かな年越しっていいね。」

 
とは相方の弁。
 
ふむふむと深く頷きながら、お酒を酌み交わし
大晦日の夜は更けていく。。


 
さ〜て。
 
これから、毎年毎年、
どんな風なお正月を私たちは
作っていくのでしょう。

 
それを考えるとムショウに楽しみになってきました。
 
海外に飛んじゃう!?
 
なーんてことも
一生のうち、一度はやってみたいと
密かに野望を巡らせている年の初めです。




| gallerykai | 店主敬白 | 11:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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謹賀新年




 
新年あけましておめでとうございます。
 
今までの出会いと
これからの出会いに

感謝の気持ちを大切に
一年を過ごしてまいりたいと
思います。

 
皆さまにとって幸多き一年になりますように。
 
本年もどうぞよろしくお願いします。
| gallerykai | 店主敬白 | 14:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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晩秋の一日




 
秋もいよいよ深まる東京、日本橋。

一年ぶりに学生時代の友人と
3人でお昼を食べに出かけました。

 
この日はちょっと贅沢して
友人ご用達のフレンチレストラン。

 
実は一年前に会ったときも
同じレストランで食事しましたが
すっかり気に入ってしまって
今年もリクエストしてしまったのでした。

 
この年齢になってくると
乳脂肪たっぷりの正統フランス料理、
ましてやコースとなると、かなり
きついものがあります。

 
こちらのレストランは、正統なのでしょうが
そのヴォリュームは絶妙。

 
日本の旬の素材が生かされ、
繊細な感性のかけらがちりばめられた
一つ一つのプレートは、美しく、滋味に溢れ
しみじみ美味しく素晴らしいものでした。

 
店内は、いつの間にかほぼ満席になっていて
食事を心ゆくまで楽しむ大人たちを
見ているのも気持ちが良いものです。

 
私たちの席の、通路を隔てた向かい側には
3名のご婦人方がいらしていました。

 
お見受けしたところ、おそらく・・・齢80歳は
過ぎていらっしゃるであろう面々。

 
きっと私たちと同じように、前からこの日を計画して
長年の友と旧交をあたためていらっしゃったのでしょう。

 
ゆったり寛ぎながら、前菜から最後のワゴンデザートまで
フルコースを召し上がっていました。

 
おひとりは、黄八丈のお着物姿が白い髪に生え
あとのお二方もお洒落に洋服を着こなしていました。

 
といってもどこか力が抜けていて
周囲に緊張感を与えない絶妙なゆるさは
さすがです。

 
背筋も伸びて、足取りも確か。
 
穏やかな空気をまといながら
フレンチのフルコース。

 
その光景を見ていた私たちは、思わず
 
「私たちも目指そうね。」
 
誰からともなく出た言葉に大いに頷いていました。
 
この長寿社会、寿命は延びても
そのライフスタイルは、自身の身体の
状態に左右されます。

 
「80歳になっても、
フランス料理を友と愉しむこと。」

 
縁もゆかりもない人生の諸先輩方に、
生きる力を戴いたような気がしました。

 
今日この日、偶然同じ空間に居合わせたという
人生の妙!

 
「人生を謳歌するのに、年齢は関係ないのよ。」
 
彼女たちからのメッセージを脳裏にしっかり受け止めて
秋の一日に感謝。

 
| gallerykai | 店主敬白 | 18:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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リハビリ卒業に思うこと




 
本日、リハビリを卒業しました!
 
と・・唐突にすみません。
 
実は、不覚にも9月末に路上で転倒し
左膝を地面に突いたのが原因で骨折。

 
といってもかろうじてお皿にヒビが入ったところで
踏みとどまったため、手術は免れ、添え木を当てての
自宅療養。

 
添え木放免になった後はリハビリ強化月間に
突入することひと月半。

晴れて、今日、整骨院の先生に「もう大丈夫」という
お墨付きを戴き卒業と相成りました。

 
長かったような、あっという間だったような。
 
シャツ展にいらして下さった皆様には
こんな姿でごめんなさい。。と心の中で
申し訳なく思いつつ、Be a Pal!のお二人の
多大なるフォローを戴いて最終日を終わった時は
心の底からほっといたしました。

 
私は密かに父親譲りの骨自慢でしたが、さすがに
アスファルトは、硬かった・・・。

 
そんなわけで、しばらくは、6年前に帯状疱疹でウンウン
唸っていた時以来の、得意のお籠り生活でした。

 
人生初の松葉杖生活は、それはそれで新鮮で
そういう境遇になって初めて分かることも
多かったですが、

 
とにかく思い知らされたのが、人ってなんて
早く歩いているんだろうということ。

 
どんどん人に追い越されます。
 
こわごわ、街に出て、よたよたと杖を頼りに
歩いているときも

 
手すりにつかまりながら
歩道橋の階段を一段一段上っているときも

 
自分は超スローモーな人で
そして何より一気に自分がこの社会の中で、
弱い人になってしまったのだと自覚させられます。

 
そして、なんともいえない惨めな気持ちになりながら
今まで、街でも駅の階段でも身体が不自由な方を目に
することは日常的といってもよかったけれど、
自分は平然と追い越す側にいたのだなあと。

 
そんなことをつらつらと考えさせられました。
 
そういえば、結婚して間もないころ、義理の両親
と外出をしたときのことです。

 
母と並んで歩いていると
私たちの目の前をお年寄りの方が歩いていました。

 
歩みの速度は私たちよりゆっくりでしたから
みるみる距離が縮まってしまい、
そのまま追い越そうかというタイミングで
母がすっと身を引いたのです。

 
「悪いからねえ・・」
 
母の小さなつぶやきを聴いた時、
私が見下ろしてしまうくらいに、身体の小さい母が
他人のことをこんなに思いやっていることに
心打たれました。

 
そんな場面を経験していたにもかかわらず
自分は、追い越し、追い越しで
ここまで来ていたような気がします。

 
怪我をすると、リハビリを含めて
痛みだとか、筋力の衰えに向き合わなければ
ならないし、生活は不便になるし、
周囲にも迷惑をかけるしで、大変なことばかりです。

 
でも、ちょっとだけ良いこともあります。
 
ゆっくり歩くようになったこと。
 
ゆっくり歩くと普段見えていなかったものに
気づくようになります。

 
この石壁にはこんなに烏瓜が実をつけていたんだという具合に。
 
そしてちょっと遠回りをしてみたくなります。
 
そうするといつもの通りのその先を行くと
とっても昔からやっている町のパン屋さんを見つけたりだとか。

 
前から知ってはいたけど・・というカフェに寄り道するようになります。
 
そうするととってもフレンドリーな店主さんとお友達に
なれたりします。

 
どことなく気分も落ち着いているので、逆にお仕事の
集中力も高まります。

 
周りにいる人へ気持ちを配ることも
できるようになるので、それこそちょっとだけ
優しくなれるような気もします。

 
つまりは・・・日常をさいなんでいる、いつも何かを
置き忘れてきているような感覚が無くなるといったら
いいでしょうか。

 
おかげですこぶる楽しい毎日です。
 
本日、晴れてリハビリ卒業。(・・・って雪降ってるけど)
 
以前と変わりなく正座もできるし
小走りもできるようになりました。

 
でも歩くのはゆっくりね。
 
何より・・・もう怪我はしたくないですから!!
| gallerykai | 店主敬白 | 14:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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京都は雪らしい
留守を預かっております。

たぶんどなたも気がついていらっしゃらないと思いますが、画面右側の列、本の紹介のずっと下のほうに、ARCHIVES という見出しがあり、記事が月毎にリンクされているコーナーがあります。
すると何やらJune2002とかNarch2001とか。
こんな昔からブログなんてなかったろう、という日付。

実はこれ、当時のホームページで「店主敬白」というコーナーを設けて店主(toku)が書いていたものを再掲載したのもです。とりあえず2年分を1週間くらい前にアップしました(裏方仕事ですね)。日付はそのときのものです。

あと2年分さかのぼる予定です。ぼちぼちいきますので、時々注意を払ってみてください。

また、CATEGORIES の店主敬白から掲載分のすべてを見ることが出来ます。

ここ2,3日は、店主が京都ですので新しい記事の掲載は無いと思われますが、
よろしければ昔の話でも見てみてください。

by syu

| gallerykai | 店主敬白 | 00:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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ごきげん、いかが?
今朝、いつものように我が家から出かける時、ふと、進行方向とは反対側の
道に目をやると、おっ!いたいた。久しぶりのお出ましだ。
それとも最近気忙しくて、まるでいのししみたいに自分の行く先しか
見ていなかったのかしらん。

通称 「ボヘミアン」
推定年齢「70歳」(人間でいうところの)
性別:不明
種別:犬

私のご近所にこんな住人がいることを知ったのはもう3、4年も前のことです。
初めての出会いもかなり印象的。
道のど真ん中に座っていたのですから。
そのあまりの、無防備さに、バカがつくほど犬好きな私も、一瞬ひるんだ。
思い切って、そーっと近寄って、「これこれ」と呼びかけても、聞こえてるんだか
聞こえていないんだか。
まるで反応がない。おかしいなあ。病気なのかなあ。ひょっとして弱ってる?
「犬好き」な人のことは、犬のほうでも瞬時にキャッチするから、普通は喜びの
表情を見せてくれてもいいのになあ。私もこれまで、テリアの「チロン」とか、
ビーグルの「ラヴ」とかシーズーの「アイ」とか、数々の犬と仲むつまじい時を
過ごしてきたのに。
そして、彼らはいつだって、この膝に飛びついてきたのに。

それによくよく見ると、この犬、容貌も、結構情けない。いじりまわされて、
毛もくたくたになってしまったぬいぐるみみたい。年齢もその風貌からすると
人間でいえばとっくに定年を過ぎた頃と思われる。なんといっても覇気がない。

ある時は、する〜り、する〜りと歩いていた。それも微妙に道の真ん中を斜めに
よぎったりする。
最初は、こんな都会で野良犬かしらと行く末を案じたりもしたけれど、あまりにも
周囲に動ぜず寡黙な様子に、最近では、仙人のようにも思えてきた。
こんな町中にいるより、切り立った岩場の洞穴あたりにいたら似合いそうな。

ある時は、また、思い切って手を伸ばしてみた。首のあたりをなでてみたら、
しばらく私の顔をじっと見つめてから、ゆるりと背中を見せ、またそろ〜り、
そろ〜り、歩いていってしまった。
一体、どこに行くのだろう。その時は、私もしばらくその後姿を見送っていたら、
とある一軒の家の中に消えたのです。
そこは、私も以前からよく前を通りかかる仕出し専門の家でした。
ああ、やっぱり住処があったんだ。
ほっとする反面、なんだかおかしくなった。

私の住んでいる界隈でも、犬を飼っている方は多く、小型から大型まで主流は
人気の洋犬。
みんないつも楽しそうにお散歩させてる。犬を飼っている方同士のコミュニテイも
たくさんあって、犬を介してのつながりというのは、私の想像以上。犬を飼ったこと
のない私は羨ましいやら、ちょっと大変そうと思うやら。これは現代の一大現象
でもあります。
そんな中で、こんな風にお互い、干渉せず、されずに生きているなんて。
あくまで自分のペースで淡々と日常を過ごしているこの犬は、
私のまぶたにくっきりと焼きついて離れないのです。
時に見せる表情は、「自分の身の処し方くらい、十分承知しているよ。」
と言っているよう。

そんなわけで、帰る家がわかっても、私の中では「ボヘミアン」。

今度会ったら、また話しかけてみよう。

「こんにちは。ごきげん、いかが?」
| gallerykai | 店主敬白 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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煮干指南
皆様、こんにちは。
こちら東京では、桜があれよあれよという間に
咲いたかと思うとさっさと散ってしまいましたね。
いつもだったら4月の中旬あたりから見頃を迎える
隣の家の八重桜は、今、まさに満開。
季節は確実に早まっていて、このままいけば・・・・
20年後の季節感もひょっとしたら変わっているかも
しれません。
古来より私たちに染み付いてきたものだのに
それが変わってしまうとなると、かなり革命的なことのような
ちょっと勘弁してほしいことのような、そんな気がする今日この頃です。

さて、今日もとっても元気な齢85歳の我らのOさんが、またとびっきりの
笑顔でご登場。月に一度の散髪の日であったらしく、頭もこざっぱりして
いつにも増して良い顔をしていらっしゃる。

「今日は、月に一度のおめかしの日なんだけれども、ついでに、
下の店まで買い物に行ってきましてねえ。」

この場合の「月に一度のおめかし」とは、散髪のこと。「下の店」というのは
KAIから目白通りを下って10分くらいのところにある野菜やくだもの、
お魚や乾物などを商っている小さなお店のことなんです。

さてさて、ワサワサと買い物袋からまず、取り出したるは、エリンギ。
無類の料理好きのOさんは、このエリンギを割り箸くらいの太さに
縦に割いて、細く切った煮出し昆布と一緒に佃煮にするそうな。
う、美味そう〜。。。!
白いごはんの頂上に鎮座したエリンギの威容で頭が占領されつつあった私の目に
次にとびこんできたのは・・・
なんと大きなビニール袋一杯の煮干しであった。

実は、先日Oさんと、

「お味噌汁はやっぱ、煮干しの出汁に限りますよね〜。」

なんて、同じ瀬戸内のDNAを持っている者同士、意見の一致を見たばかり。

「いやあ、煮干もものによっては、頭と腹を取るとこ〜んなに小さくなっちゃったり、
 身がこなごなになっちゃったりするんですよね〜」

と私が訴えたら、「そんなことないでしょう」と
ひどく訝しげな顔をなさる。
聞けば、Oさんはかなり立派な煮干しを使っていらっしゃるらしい。
私は、どちらかといえば、小振りなものがお上品で良いわ などと、殆んど趣味で
選んでおりましたが、出汁をとるとなるとそれじゃ、役不足らしい。

そんなこんなで、とことん、実証主義のOさんは、私めに、煮干なるもの、
これぞやと、示すために即実行。
てなわけで、袋いっぱいの煮干なのでした。
(Oさんて、ホント行動が早いのなんの。そのフットワークの軽さには
 いつもいつも頭が下がるところです。)

しかも、頭と腹を取って二つに割くという実演のおまけ付き。

Oさんの実演はこれまでも多々ありまして、例えば、
お正月用の金柑の種取り編だとか、
使いふるしてきた鍵を通り易くするためのやり方だとか、
極端に細長〜いものを最小の紙で包むやり方だとか、
大きな物を風呂敷きで包む方法だとか・・・
一番最初にKAIにご登場の際には、いきなり太極拳が始まりましたからね。
その無尽蔵な知恵袋の恩恵にいつもいつも大助かりの私でしたが、
まさか煮干しまで登場するとは思わなんだ。
ギャラリーKAIとは、一体どーゆ〜店なんだ。

ついでに、Oさんによれば
なぜ、「煮干」と呼ぶかというと
海から獲ってきたら一度煮てよく干すからだそうで
まったく読んで字のごとくですね。
良い煮干を選ぶコツは背筋がしゃんと伸びているか、または、
エビ反りになっているものを選ぶこと。
内側にくるんと丸まっているのはダメだそうです。
そしてよく乾燥していること。なんとなく、湿っぽさを感じたら
風通しの良いところで干してカチンカチンにすることが肝要。
Oさんの子供の頃は、煮干しから取った頭ばかりをすり鉢で擦って、それに
桂皮を加え、ごはんにかけて食べたそうです。
また、焙烙で丸ごと煮干しを炒ってから、練り味噌をつけて食べたりとか。
う〜ん、お酒のつまみに良さそうじゃないか。。。。
ちなみに今は、取った頭と腹はまとめておいて、植物の肥料にしているのだ
そうです。

・・・というわけで、今日も至極有意義な一日でありました。
またまた、Oさんから大事なもの、戴きました。
いつもいつも感謝です。

かくして、この煮干の一山が、私のこの事務机の上に堂々そびえております。
いくつもの煮干の目に見つめられていますと
にゅ〜HPの構想を練らなければ・・・と思いつつ
ついつい、今日の晩御飯の算段をしてしまう私。

よし、決めた。
このとびっきりの煮干をたっぷり使って
極上のけんちん汁を作ってやろうじゃない!

そんなわけで、袋一杯の煮干を抱えて一目散に家に帰るであろう
幸福な私なのでした。

| gallerykai | 店主敬白 | 13:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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追っかけ栗
今年も残すところあと2ヶ月になってしまいました。
あ〜あ、なんて時は無情で、残酷なんだろうと思いながら今年も一年、
やり残したこと、あったかいな〜などとぼんやり考えてみたりする今日この頃です。
皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。

やり残すということで、歳時記的に言うと、今年のあそこの桜は見なかった とか、
海に一遍も行かなくって、かき氷を食べる間もなく、夏らしいことなんにも
しなかった!と騒いでいるうちに9月になって、中秋の満月も拝めずじまい。
そうこうするうち、紅葉のシーズンも瞬く間に過ぎ行きて大晦日。
お正月がきて、気がついたら豆まきが終わってたとか。

と、まあ、色々あるのでしょうが、やはり何とも悔やまれるのは、食べ物の
たぐいでしょうかね〜。
ハウス栽培で今や四季が無いなどと言われつつも、この時期にしか出ない野菜
とか果物、旬のお魚などありますよね。
私などは、例年、「根みつば」には、命かけてますが、今年は、畑を持っている
友人のおかげで、春のたけのこにはじまって、うど、菜の花、グリンピース、
そら豆やにがうり・・・などなど、うんうん今のところ、順調、順調とほくほく
顔で、きたつもり。
それで、秋です。ここにきて、ひときわ、力が入ったのは、「栗」なんですね。

それは、10月の20日ごろでしたか、四国から家に来ていた友人とひとしきり
食べ物談義に花が咲いた後の一言。

「もううちのほうでは栗終わっちゃったよ。」

ショックすぎて二の句がつげない私。

何を隠そう、去年の秋は、まあ〜だ大丈夫だろうとタカをくくっていたら
いつのまにか食べ損ねてた。
さあ、今日はやるぞッとばかり、近くの八百屋、スーパーを探し回るも愛しき
栗はもうあと方も無かったというしごく苦い経験があるのです。
不思議なことに野菜とか果物ってある日から、ぱったりと姿を消すこと
よくあるもんです。そうなると近所中探してもどこにもない。

かくして今年は去年の二の舞は踏んでなるものかと、走る、走る。

ところで栗というのは、かなりハードルが高い食材のひとつです。
なんといってもあの硬い皮をむくということからして、相当の気力の充実かつ
綿密な計画性が求められる。
前々から○日は「栗の日」と自ら、呪文のように言いきかせ、買いに走ったら、
その日使う分だけの栗と残しておく栗に分け、残しておく栗は濃い塩水に
つけておく。(こうやると虫がわかない・・ということをどこかで読んだ。)
本日登場分は皮をむくためのお湯を沸かして
(注:熱湯に20分つけてから皮をむくとむきやすいらしい)
広告紙をちゃぶ台の上に広げまわし
(それでも皮の残骸がたんすの脇に転がっているのを後ほど発見されたりもする)
○時ごろから皮むきにスタンバる!!!

かくして、栗の皮むきの格闘が始まる。
いつ手の指にナイフがぐさっとという惨事も起こりかねないというしごく危険な
状況下、虫がひょっこり、でてきたらどうーしょーという恐怖にかられつつ、
ひたすら集中、集中。終わった頃にはほぼ脱力状態に陥りつつも
栗ごはんの夢に向かってゴ〜。
こうして、今晩の食卓には、めでたく栗ごはんがお目見えなり。
こういう時、土鍋の蓋を開ける瞬間はもう、ブラボーの嵐。
歓声をもって栗ごはんを迎えるのが王道といえましょう。

まあ、そうはいっても実は栗ごはんのレシピに関してはまだまだ発展途上。
レシピも料理研究家によってまちまち。前もって栗だけゆでこぼしてから
再度薄味で炊いて、ごはんと炊くのだの、昆布やお酒やおしょうゆを入れて
炊きこむだの、鶏肉やきのこと一緒に炊き込むだの、渋皮を残して炊き上げた
方が風味が良いだの、塩とお酒だけのシンプルな味付けに限るなどとまあ、
いろいろある。
何と行っても一年のうち、栗ごはんを作れる回数は限られているのだから
これだけ全部試すだけでも大変だ。
わたしにとってのこれが栗ごはんというのが見つかるまではあと
何年かかかるなあ。

栗ごはんと同じくらい私好きなのは、煮物の中にまぜこんじゃうの。
今のお気に入りは里芋と鶏肉の煮物に栗もいっしょに煮込むという一見地味な
料理。でもこれがまた。。。。至福の時。
里芋かと思って食べてみたら、あっ、栗だった!!なんてとっても嬉しいと
思わない?

しかし。。。われながらなぜ、こんな栗ごとき一介の食べ物にここまで
書くかなあと半ばあきれた状況です。

要は、栗が大好きってことなんでしょう。
聴くところによると日本で栗の3大産地は熊本、愛媛、茨城だそうです。
この辺りだと茨城産が主に出まわっていると思うけど熊本や愛媛産の栗も食べてみたいなあ。
たぶん旬も西からだんだん東に上がってくるだろうから追っかけ栗も
いいかもしれない。
栗をおっかけて本州縦断。おっと瀬戸内海も渡らねば。
あの名店、キャンテイのモンブランは愛媛の中山という土地の栗を使っている
らしい。
最近松屋のデパ地下にお目見えして、おひとつ1200円なりのモンブランが
売られて話題になっておりますが、きっとこの中山産の栗に違いないね。

とまあ、話しはとりとめもない。
随〜分〜とお久しぶりの店主敬白・・・がこんなんで良いのだろうかと
思ったりしないでもないですが、これを読まれた方は、もっとそう思って
いるんだろうなあ。

そこは、ちょっと予定外の道草をしてしまった・・・ということで
お許し下さい。

じゃ、また。
| gallerykai | 店主敬白 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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ゆでたまご
「ねえ、意外とエッグ・スタンドって無いわよね〜。」
とは、近くの大学にお勤めのご婦人の言。
なぜ、エッグ・スタンドかというに、友人からもらった「岩塩」が
あまりに美味で、これをとことん味わうには「ゆでたまご」だ!
と思い至った由。それで、あちらこちら見て歩いたもののデパートにも
お店にも売っているところが無かったそうな。

エッグ・スタンド。
ひと昔前は、食卓によく登場してましたよね。
家にもありました。それに半熟卵をのせて半分にしてスプーンですくって
食べる。子供の私にはあのまったりとした感じが苦手だったけれど。
今のニッポン、あんまりこうして半熟卵を食べる人はいないらしい。
卵の半熟っぽさは、どちらかというとスクランブル・エッグとか、
オムライスでという人が多いんじゃない?
何を隠そう、休日のお昼ともなると、やもたても溜まらずにオムライスを
食べにゆく私としても、とろとろの卵がチキンライスの上にとろ〜りと
かぶさっているのを見ただけで、もう、至福の時なのでした。

食生活の変化に従って、こうやって浮かんでは消えてゆくうつわもあるの
だなあと実感した次第。

ところで、「ゆでたまご」で「岩塩」を食す。
う〜ん、これって分かるなあ。

私は、今やめっきり、「ゆでたまご」を、食べることなくなっちゃったけれど、
皆さんはどうですか?堅ゆでにしても、半熟にしても。
食べるとしたら、カレーの上に崩してのっけってカレーを美味しく食べる為の
薬味のように使うくらい。
もう、99%、私はこれです。
サラダを食べることがほとんどない私にとっては、ほんとに食卓に登場しない
ものの一つです。

だから、食べるとなると特殊な状況に限られるのですねえ。
例えば、長い旅行に出かける前に、冷蔵庫を見ると卵がずらずら並んでいたり
する。よっしゃ、非常食にとたまごをまとめて茹でる。塩もひとつかみホイル
でくるんで。
そして車中でほおばったりすると、俄然、旅に出た〜っ!!
っていう気分が盛り上ってきますよね〜。
こんな時です。
へえ〜っ。こんなに「ゆでたまご」って、美味しかったんだって思うのは。
ある種の感動に満たされるのですね〜。
自分のすぐ近くにあった宝物に気付いたみたいに。
そして、つくづく、たまごってエライのだなあと思うと同時に、
塩もエライなあと感心するのでした。
この場合、私の舌は卵以上に、塩の味そのものに、反応しているのですね。
そういう意味では、ゆでたまごは、たまご本来の味と、塩そのものの味とを
全くシンプルな形で同時に味わえる稀有な食べものかもしれない。

と、この一大発見に内心ホクホクしていた私なのでした。
これだから、色々な人をお話するのは楽しいんですねえ。

ちなみに、ご婦人のお気に入りの岩塩はドイツのザルツブルグ製のもの
だそうです。
ザルツブルグと聞くと、すぐ、ワーグナー!になっちゃうんだけれど、
実は塩の名産地らしい。
「ザルツブルグ」というのも「塩の城」という意味なんですって。
日本と違って、黒い森の国だから、岩塩なのでしょうね。
ここはひとつ、「塩の道」に思いを馳せながら岩塩を一振り、やってみますか!

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元気ごはん(その1)
新緑の季節に青い畳・・・毎日、すがすがしい気分で幸せなtokuです。

今日も太陽が眩しくって、空気は透明感に満ち満ちてる。
パソコンのキーを打っている自分の脇には、芍薬の花が今を盛りと
目いっぱいその花弁を幾重にも広げて揺れています。
この優しい威厳を受け止められるのは、唯一、青磁の品格ではないか・・・・と、
つらつら、思ってみたりするのも今の季節。

桜と同じで、年に一度は生けないことには気がすまない。
そんな花のひとつです。
でもおかげで、私はといえば、その甘い香に目眩して、なかなか仕事も
はかどらないのです。

太陽の恵みを一番感じる5月、この季節は大地の恩恵に浴せる季節でもあります。
そう、春野菜です!
野菜好きな私としては、この春野菜の出回る時期は八百屋さんに行くのが
楽しくてしょうがありません。
春野菜の甘味、えぐみ、香りを戴く度に、これから成長しようとする
エネルギーをもらっているような気がします。
まさに元気印の食卓だね。

そんな私のところに、先日友人より採れたてのえんどう豆が届きました。
お母様が精根傾けておられる菜園の収穫品のひとつです。その、えんどう豆を
見た瞬間に、私の気力は、ムクムクと頭をもたげたと思ったら、瞬く間にその
ボルテージは120%まで上がったのであります。

その翌日。
もうギャラリーにいる時からえんどう豆のことが頭から離れないのですね。
というのは、お恥ずかしながら、去年初めて八百屋さんで、さや付きの
えんどう豆を買ったわけなので、えんどう豆歴はかなり、浅いし、青いのだ。
しかも採れたてのお豆さんですよ!!
失敗は許されんとばかりつい力が入ってしまうわけで、自然、えんどう豆と
一緒に食べるおかずの究極は。。
なんて大げさなことになってしまうのでありました。

でも、大げさな割りにはしごくふつ〜の夕ご飯になっちゃうところが哀しい。。


きょうの夕ご飯
・豆ごはん!!!
・浸し豆!!!
・いさきとたかべの塩焼き
・きゅうりとワカメの酢の物
・にんじんのごま和え
・大根とわかめと大根の葉っぱのお味噌汁
・お豆腐(絹)
・トマト

で、結果はどうだったって?
それは、もう、言わずもがなですよ!!
お豆のこのほのかな甘みたるや、筆舌に尽くし難し・・・ああ〜、生きててよかった。

もちろん、今日のお昼のお弁当にはお豆の卵とじ。そして今日の晩も・・・
ふた晩連ちゃんの豆ごはんだッ!!

明日は、いよいよかき揚げに挑戦か。。。

この飽くなき、お豆さんとの至福の時は続くのでありました。
そして、この恵みの時をもたらしてくれた友人とお母様に感謝。


皆様にちょっとおすそ分け


すばらしいグリーンだね!

               ☆☆☆

ここで、浸し豆のレシピを皆様にご紹介致しましょう。
お豆さん初心者の私の指南役は、何年か前の「きょうの料理」に紹介されていた
小山裕久さんのレシピです。
これは、実に美味しい。オススメです。

☆まず、下ごしらえから。

1. さやから出す。
   (パカっとさやを割った時に居並ぶえんどう豆のうるわしいこと。
   小さきものいとうつくし・・の世界だわね)

2. 塩をまぶす。
   ボウルに豆を入れてたっぷりめの塩を加え、ボウルをふって
   豆にまんべんなく塩をまぶしてしばらくおいてなじませておく。
   こうしておくと茹でた後、緑色が冴え、しわが寄らないらしい。)

3. 熱湯でゆでる。
   熱湯には塩は加えない。くれぐれも茹で過ぎないように。
   堅さを見て、大体6分〜7分くらいで茹で上がる。

4. 冷水に取る
   あらかじめ別のボウルなどに氷水を用意しておくと良し。

5. すぐざるに上げる
   急速に冷やした豆をすぐにざるに上げないと堅くなる。
   お豆さんにはダンドリが重要!

6. だしに浸す
   昆布とかつおで採っただしカップ 1.25にみりん大さじ2、
   砂糖小さじ1、塩小さじ1を煮溶かして冷ましたもの
   (この分量は豆200グラムに対してです。)

☆えんどうのお浸し
  上記のようにだしに浸すと、しわもなくなってピンとする。
  その後冷蔵庫で冷やす。戴く時は汁ごと器によそう。

☆豆ごはん
  鍋に炊き立てのご飯(茶碗4杯分)を入れて弱火にかけ、
  酒大さじ2をふって手早くいりつける。
  アルコール分がとんだら浸し汁に浸してあるお豆を入れて
  さっくりと混ぜ合わせる。
  お好みで塩をふる。
| gallerykai | 店主敬白 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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